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いわゆるデッドマン装置とか

電車の運転台には結構な割合でデッドマン装置というものが装備されているってのを見ました。名前からして恐そうなこの装置、運転士がごく普通に気絶したりごく普通に意識不明だったりごく普通に死んじゃったりとか、そういう時に自動でブレーキをかけてくれるんだって。確かに電車はコントロールできなくなったら脱線とか衝突とかパニック映画のお約束だとかいろいろとやっかいなことになりそうな感じだし、簡単な装置で防げるのはどんどんやったほうがいいかなぁって見てたんだけどね、そこで思い出したのが死後のサイト管理の話題。これはまた結構昔から続いてる話題と言えばそうだけど、管理者が逝っちゃった後に残ったサイトをどうするかってのはそれなりに議論されてきたわけよ。

たとえば、そもそもこれ書くきっかけになったのはこのダイアリーをなかなか更新せずに完全放置してた自分の精神状態とかで、確か9日間ぐらいでそんなに長いわけでは無いようなその過ごした日々はまあ憂鬱だったから今管理できることはできるしできてるんだけれど、これが一撃必殺任務遂行の凄腕スナイパーに狙われたり爆薬無駄遣いの自爆テロリストとその御一行様に巻き込まれたり北の国から全面戦争の挙句核の冬に襲われたりした日にはもう管理は不可能と言っても過言ではないはず。Web上の情報はサーバーさえ残ってれば横槍が入らない限り半永久的に公開されつづけるだろうけど、更新の止まったまま忘れ去られるサイトというのもなんだか悲惨でかわいそうな気がして。何というか、最終更新日が2001年9月とかそういうサイトを見てるのって結構辛いのよね。情報そのものは残り続けるのにバカみたいだけど。そこで登場するのがさっきのデッドマン装置、要は死亡宣告があればWeb上での立場というのが固定化されて長く残りつづけるんじゃないかと思ってみたりとか。最終回で思いっきり決めれば全部いい思い出になるみたいな、そんな感じ。

ところがやっぱり議論されてきたと思うけど、実際問題管理者が逝っちゃったことをどうやって検出するかというのは問題が残ったまま。管理者画面へのアクセスが途絶えたらアウト、って方法だとこの私みたいな怠け者では正確性が保てないし、誰か知り合いに教えとくってのも絶対極秘にしておきたいサイトの存在が知れちゃうので使えないし、生体反応を検出云々だとまたとてつもなく無駄に金がかかってどうしようもない。一度死んだことになっちゃったらこれまた大変な事態になりそうな気もするし、ここは確かな精度が無いと面倒なことになりそう……いや、ここでさっさと最終回を決めといて後は全部外伝扱いにすれば全部丸く収まるかな?という訳にもいかないのでいっそ遺言書いて誰かに最終更新だけやってもらおうかとも思ったけど、財産分与以外の条項って書けるんだっけ?それともWeb上の存在そのものを財産とみなせば何とかなるのかな?これは後で調べとかないと……

……「ひさびさの更新であいさつになりそうな文章」というテーマで書いてみたらこれですか。
慣れないことはするものじゃないですね。
勢いとノリだけでは文章は書けないということを実感しております。
まあそんなところでまだ私は生きてますので、とりあえず。