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Kento Koumura (裄乃由紀野)によって2006年〜2010年にかけて公開された記事のアーカイブです。

要は「リンクでつながるって楽しい!」と思わせることではないのかな

この度は稚拙な文章で皆様の貴重な情報収集時間を浪費させてしまい、本当に申し訳有りませんでした。
閲覧して頂いた方、またブックマークして頂いた方にはこの場で深くお詫び申し上げます。

……ええと、書いた翌日になって公開した文章を少し振り返ってみたのですが、これがまた非常に低レベルな文章というか何と言うか……まあ確かにその時の考えを忠実に記述したのは確かなのですが、ハッキリ言って「これはひどい」と。伝えたいことを全然書けていないことに気付きまして、それでブックマークされて面白い発想なんて評されてしまって、かなりブルーな気分です。そこで、今回は先日の仮説を冷静になって検証してみることとします。

あらすじ

まず、先の記事を書くに至った考えを改めて文章化しました。
自分でも混乱していた部分は大幅に加筆修正を加えた上で、できるだけ分かりやすいように箇条書きで表現しています。

  • 最大の目的は「ここは家です!無断リンク禁止!」という誤った発想のWebサイトを無くすこと
  • それに対して「そもそもリンクは自由で〜」とか「Webは家じゃないから〜」とか言っても聞き入れてくれない
  • それを無くすには、Webに触れる全ての人々に「リンクでつながる」楽しさを伝えなくてはならない
  • しかし、現在のブラウザのナビゲーション表現形では「リンクでつながった広い世界」を適切にナビゲートできない
  • このズレが人々に「サイトは家であり、ページは部屋である」という誤ったメンタルモデルを抱かせているではないのだろうか
  • それを解消するために、たとえば……
    1. 「家」というメタファーを覆す
      • サイトから情報を切り離すことで「Web上の情報はすべて等しく存在する」という思想を遠まわしに伝える
      • そのためにはまず「メタデータ志向のブラウジング」などはどうだろうか
      • たとえばHTMLからナビゲーション要素を排除することで「誰々のサイトの中」という構成を覆してみるというのも考えられる
      • これにより、直感性を向上しながらハイパーテキストの思想を無意識に理解させられる……かも
    2. 「情報のつながり」を見えるものにする
      • リンクの構造を分かりやすくすることで「蜘蛛の巣のような世界」という思想を遠まわしに伝える
      • そのためにはまず「画像によるリンクの可視化」などはどうだろうか
      • たとえばこのようなマップ状の表現をナビゲーションに統合するなども考えられる
      • これにより、使いやすさを向上しながらハイパーテキストの思想を無意識に理解させられる……かも
      • 先例としてはWeb Mapなど
    3. 「リンクの利便性」をより強調する
      • 関連情報にアクセスしやすくすることで「話題をリンクしてけば使いやすい」という思想を遠まわしに伝える
      • そのためにはまず「知性的なリコメンドシステム」などはどうだろうか
      • たとえばamazonのように内容に応じて他の情報を推薦するというのも考えられる
      • これにより、探しやすさを向上しながらハイパーテキストの思想を無意識に理解させられる……かも
      • 先例としてはGoogle AdSenseなど

「やめろ」と言っても伝わらないのに

次に、今感じていることを書くことにします。
読みにくかったら素直に閉じてもらって結構です。無視していただいても、「これはひどい」タグを付けてもらっても構いません。冷静な対応をお願いいたします。

まず「Webサイトを家に例えるべきではない」というのは全くもって正論です。しかし、初めてWebに触れる初心者や、技術的背景に詳しくないサイト製作者にとってそれが正しいのでしょうか。誰もそれを問題にしません。だから、私はそれを仮説として問いたいのです。

Webの歴史は他のメディアと比べて短く、ハイパーテキストの思想は"常識"と呼べるまで広く知れ渡ってはいません。Webに触れるユーザーの多くは「ティム……バーナーズ?誰それ?」と言いながら経験と直感に基づいて行動しようとします。いわゆる"メンタルモデル"です。推測ですが、多くのユーザーはこの段階で「サイトは家のようなもの」というメタファーを使おうとするのではないでしょうか。Webに"家"という概念は似合わないのに、なぜそう思い込むのか?答えは簡単です。誰も「Webの世界は広く開かれている」ということを教えてくれないからです。

「いや、インターネットが国際的であることは既知のはず」と?これも技術的な話では無いと思うんですよ。今のブラウザはWebという広い世界を映し出せてはいないんです。ユーザーに見えているのは"この世界"ではなく"そのサイト"。視野が狭いんです。サイト全体の雰囲気に流されて、「開かれたWeb上の一つの情報」という真実を知りません。意識のどこかに「誰々のサイトの中身」が残ってる。そういう狭い視野で育ったユーザーは、自らのサイトも狭い視野でしか作れません。そして、無断リンクを排除しようとするのです。

(例えるなら……そう、楽天とamazonの違いのようなものでしょうかね。楽天の店舗を見るやりかたで世界を見てるから、amazon的な発想に違和感を覚える感じ……)

「ブラウザのUIが根源か?」で言いたかったのは、ここです。今のブラウザは"戻る"とか"進む"とか、とても古いナビゲーションのやりかたに縛られている。Webの実情を無視したままバージョンアップ進化を続けた結果、ユーザーは蜘蛛の巣を恐る恐る歩いてる。

……最近になって急に「無断リンク」が話題になりましたが、こういうプロセスを指摘した人を今まで私は知りません(ご存知でしたらはてブなりメールなりで教えてください)。誰も根源を考えようとしないから、価値観の一方的な押し付け合いになる。会話は一向に噛み合わず、いつまでも文化圏の溝は埋まらない。なんだか、琵琶湖博物館をブックマークしてお茶を濁してるような気がします。

狭い視野に慣れたユーザーに「Webの世界は広く開かれている」ということを教えるためには、これはもう「だから無断リンク禁止は意味が無いって何度言ったら〜」というのは通用しません。一度「広い視野で世界を見る」ことを体験してもらわなければ駄目なのです。そして、最も効果的にそれを行う方法として、私は「ブラウザの変革」というのを考えたのです。ユーザーに一番近い存在であるブラウザの思想を変えることでユーザーのブラウジング体験を変え、さらにはユーザーのWebに対するメンタルモデルを変えられるのではないか、と期待するわけです。それはGoogleが「アクセスする」の概念を変えたように、ブラウザによってハイパーテキストの力をより引き出せないか、と。

基本的な思想としては、まずWebブラウザを「サイトを見るツール」から「情報を操るツール」に変えたいのです。Web上の基本単位を"サイト"から"情報"へと変えて、ハイパーリンクを資源として扱い、様々なメタデータをユーザーにグラフィカルに提示することでユーザー体験を向上させ、最終的に「ああ、Webってこういうものだったんだ。リンクでつながるって楽しいじゃない。」と感じてもらえるようなものにしたいのです。ブラウザによって"つながる"ことが当たり前になってしまえば、もう「無断リンク」の恐怖感は無くなるのではないか、と。上に挙げたリンクの可視化やリコメンドシステムは"つなげる"ためのあくまで一例であって、もっと奇抜な発想が生まれてもおかしくありません。

PCの性能は十分向上しました。CPUも、GPUも。ダイヤルアップが普通だった時代は終わり、分散コンピューティングですら「ありえる」時代になったのです。しかし、Webブラウザは全く変わっていません。RSSに対応しようが、Acid2をクリアしようが、「ブラウジング」は全く変わらない現状に、私は異を唱えてみたかった。無視されるかもしれないけれど、黙ってるよりはまともかと思って。

私が書きたいのは、それだけです。